「なまえさん、顔色が良くないようですが、大丈夫ですか?」


今朝見かけた彼女の様子が変だったので、少し休むよう促し、私の部屋へ連れてきた。








「睡眠は取れていますか?」
「ちょっと最近眠りが浅いですけど、それ以外は大丈夫ですよ。少し休んだらまた戻りますね」
「そうですか。決して無理はしないでくださいね」
「すみません、しのぶさん。お忙しいはずなのに手間を取らせてしまって」
「今日は比較的時間があるので、問題ありませんよ」


そう言うと、ありがとうございます、と少し疲れたように笑った。
職業柄、というわけではないが、人の体調の変化や様子に、敏感に反応してしまう。
ここ最近のなまえさんの様子も気になっていた。




「なまえさん」


戻ろうとベッドから下りようとしていた彼女を引き止めた。
なまえさんがゆっくりとこちらの方を向く。


「また、なまえさんの世界の甘味の話を聞かせてくれませんか?」
「え?しのぶさんから聞いてくるなんて珍しいですね」
「甘露寺さんも、また聞きたいと飛び跳ねていましたし、私も興味があります」


なまえさんは困ったように首を傾げた。


「うーん、実はあんまり覚えてないんですよねー・・・今度、蜜璃ちゃんが来るまでに思い出しておきますね」
「ええ、楽しみにしていますね」


そう言うとなまえさんは部屋を後にした。それを見送って、自分の考えが遠からず当たっているだろうと感じた。


















「胡蝶」


そのまま部屋で仕事をしていると、音柱の宇髄さんが入ってきた。
彼がここに来る理由なんて、1つしか思い当たらない。


「なまえさんなら、ついさっき出ていかれましたよ」
「あー入れ違いか」
「本当に、随分と彼女を気にかけているんですね」
「まぁ、保護者みたいなもんだしな」


保護者。そう、この言葉が一番しっくりくるかもしれない。
何と言っても彼は、彼女の第一発見者だ。
彼女を最初にここに連れてきたのも、彼女のことをお館様に連絡したのも、許しが出るまで彼女を面倒見たのも、全て彼と彼の3人の奥方だ。
今でも時々5人で食事をしているようだし、仲が良いのは確かだろう。
彼女にとっても、彼はきっと特別な存在のはずだ。




「なぁ、あいつ最近どうだ?」


ふと、宇髄さんが問う。


「どう、とは?」
「見たところ、そんなに変わったところはなさそうだし、元気なんだろうが、どうも気になってな」


そうか、彼も気付いているのか。当然と言えば当然なのかもしれないけれど。
おそらく共有した方が良いだろう。


「一見、特に変わったところはないと思います。この世界にも馴染んでいますし。他の方とも上手くやっているようです」
「馴染んでる、か。そうだな、馴染んでる。馴染みすぎてる。怖いくらいにな」
「ええ。たとえこちらに来て2年も経っているとはいえ、多少の違和感はあっていいと思います。でも、彼女はもうそれがない。元々この世界の人間のようです」


そう、彼女はこの世界に適応しすぎてしまっている。特にここ1年で急にそんなふうに感じていた。
そして、もう1つ気になることがあった。


「彼女、おそらく元の世界の記憶が薄れていっています」
「・・・・・・」
「時々思い出したりするようですが、徐々に忘れていってしまっているのは間違いないと思います」
「・・・胡蝶、お前はこのままだと、あいつがどうなると思う」


たぶん、私と彼が思っていることは一致しているだろう。確信があるわけではないが、ほぼそれに近いようなものは感じていているはずだ。







「予想の域は出ませんが、おそらく元の世界に戻ることは不可能になるでしょう」


そして


「そして、それは彼女自身も気付いている」


宇髄さんが息を飲むのが分かった。
私も彼も、この考えを否定したいと思っている。
でもお互いにそれができなかった。






彼女は、一体どんな気持ちを抱えているのだろう。


何もできない自分が、もどかしくて仕方がなかった。